名古屋地方裁判所 昭和62年(ワ)490号 判決 1989年1月27日
原告(反訴被告)
愛知マイカーセンターこと吉川修
被告
牧野優治
主文
一 原告(反訴被告―以下、たんに「原告」という)の本訴請求及び被告(反訴原告―以下、たんに「被告」という)の反訴請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用中、本訴費用は原告の負担とし、反訴費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 本訴請求の趣旨
1 被告は原告に対し金四三五万七三一〇円及びこれに対する昭和六一年一二月二七日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 本訴請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
三 反訴請求の趣旨
1 原告は被告に対し、金四七万〇七七〇円及びこれに対する昭和六二年六月四日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 反訴費用は、原告の負担とする。
3 仮執行宣言
四 反訴請求の趣旨に対する答弁
1 被告の反訴請求を棄却する。
2 反訴費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
一 本訴請求原因
1 稲毛文男(以下「稲毛」という)は、昭和六一年一二月二四日午後九時頃、インターオート株式会社(以下「インターオート」という)所有の一九八七年型コルベツトスチングレー(以下、「原告車」という)を運転し、名古屋市中区東新町の顧客のところへ現物を見せに行くため、名古屋市中区瓦交差点先を北へ向かつて進行中、折から原告車の右側車線を原告車と並進していた被告運転の普通乗用自動車(名古屋五三や一二四一―以下「被告車」という)が進路を左に向けてきて、被告車左側前部を原告車右側面に衝突させた。
2(一) 本件事故は、被告が被告車を運転しながらカセツトテープをセツトしようとした過失によるものであり、被告はインターオートに対し、本件事故に基づく損害を賠償する義務がある。
(二) 本件事故当時、原告は前記インターオート所有の原告車をインターオートから預り、善良な管理者として右車両を管理すべき立場にあり、原告は右車両を売却するため稲毛に貸与していたものである。
(三) 稲毛が原告車を運転中に本件事故が発生したので、原告は善良な管理者としてインターオートに対し本件事故により原告車の豪つた損害金を賠償すべき義務を負うに至つた。
(四) そのため、原告は昭和六一年一二月二六日原告車を、本件事故前の状態にあつたものとしてその時価相当額金七七〇万円で買い取り、同時にインターオートの被告に対する本件事故に基づく損害賠償請求権を譲り受け、インターオートは昭和六三年九月二二日付の内容証明郵便により右債権譲渡の通知をなし、右通知はそのころ被告に到達した。
3 (損害)
(一) 原告車の修繕費用二一五万七三一〇円
(二) 原告車の格落ち損害一七〇万円
原告は前記2(四)のとおり、インターオートの被告に対する損害賠償請求権も含め、原告車を金七七〇万円で譲り受け、昭和六三年二月二四日原告車を早川浩司に対し金六〇〇万円で売渡した。
したがつて原告車の譲受価格と売渡価格との差額である金一七〇万円が本件事故による格落ち損害である。
(三) 被告が、本件事故による損害賠償に応じないため、原告はやむなく本訴を提起することとし、弁護士に訴訟代理を委任し着手金は費用別として金三〇万円、報酬は利益の一割とする旨約したが、本訴においては右内金五〇万円を請求する。
4 よつて、原告は被告に対し、本件事故に基づく損害賠償金四三五万七三一〇円及びこれに対する本件事故発生後であり本件事故に基づく損害賠償請求権譲受日の翌日である昭和六一年一二月二七日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 本訴請求原因に対する答弁
1 本訴請求原因1のうち、被告車が進路を左に向けてきて、被告車の左側前部を原告車右側面に衝突させたことは否認し、その余は認める。
2 同2の各事実は否認する。
3 同3の中(一)(二)の事実は否認し、(三)の事実は不知
三 反訴請求原因
1 本件事故の発生
昭和六一年一二月二四日午後九時ころ、名古屋市中区栄五丁目八番九号先路上で、稲毛運転の原告車が、被告所有運転の被告車(ゴルフ)に衝突し、被告車が破損した。
2 本件事故は原告車運転の稲毛が、中央分離帯寄りの走行車線を走行中の被告車の前方に、何の合図もなく突然右側へ車線変更して出て来たため、被告車の左前部と原告車の右側部が衝突したものであり、稲毛の一方的過失により発生したものである。
3 本件事故は稲毛が原告の業務(自動車販売)を執行中に発生したものであり、原告は稲毛の使用者として被告の損害を賠償する義務がある。
4 被告の損害
(一) 被告車修理代 金三八万七二七〇円
(二) レツカー代 金一万三五〇〇円
(三) 弁護士費用 金七万円
5 よつて被告は原告に対し、本件事故に基づく損害賠償金四七万〇七七〇円及びこれに対する反訴状送達の翌日である昭和六二年六月四日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 反訴請求原因に対する答弁
1 反訴請求原因1の事実は認める。
2 同2、3の事実は否認する。
3 同4の各事実は不知。
第三証拠
本件記録の調書中の各書証目録及び各証人等目録の記載を引用する。
理由
一 本訴請求原因1(本件事故。但し被告車が進路を左に向けてきて、被告車左側前部を原告車右側面に衝突させた点を除く)、反訴請求原因1(本件事故発生の日時、場所、関係車両)の各事実は当事者間に争いがない。
二 よつて以下、本件事故の態様につき判断する。
1 成立に争いのない乙第四号証によれば、本件事故現場付近道路は市街地にあり、片側三車線のアスフアルト舗装、平坦な道路で、路面は乾燥しており、照明により明かるく、原告車及び被告車からの前方の見通しはいずれも良好であり、五〇キロメートル毎時の制限速度、駐車禁止の交通規制がなされており、車両交通量は多かつたことが認められる。
2 証人稲毛文男の証言(後記採用できない部分を除く)、被告本人尋問の結果及び成立に争いのない乙第五号証によれば次の事実が認められる。
稲毛が運転していた原告車は車体左側にハンドルがあり、本件事故直前原告車は、被告車より速い速度で走行し、被告車を左側から追い抜いたこと、本件事故直後、本件事故現場付近において、稲毛は被告に対し「お前の車は俺が直してやる」と言い、被告は被告車が走行している時に事故が起つたので多少の保険金は出るものと考え、稲毛に対し「過失のある分については、保険から出ると思う」と言つた。
稲毛は被告の手帳に「仮誓約書<一>お約束どおりゴルフは私が責任を持つて直します。<二>私の車は牧野さんが保険で責任を持つて直します。<三>この事故は当事者どうしで責任を持ちます。<四>お互いに必要以上のお金はぜつたいに要求しません」と書き、末尾に日時と自己の署名をして被告に渡した。被告は稲毛が右<二>頃の部分を書き出した時「余り保険金は出ないと思いますよ」とは言つたが、稲毛がこわかつたので、稲毛が<二>項の文書を書くのを止められなかつた。
被告は右仮誓約書に署名はしなかつたし、本件事故につき自己の責任を認める文書を稲毛や原告に交付していない。
3 以上認定の各事実に前記甲第四号証、証人見田村千秋の証言、被告本人尋問の結果を総合すると、前記一の日時場所において被告車が制限速度内の速度で第三車線(中央分離帯寄り)を北進走行していたところ、その左側方の第二車線を走行していた原告車が被告車を追い抜くや、右折合図もしないで、いきなり被告車の進路前方の車線上に斜めに右方進入してきたため、被告は避け切れず(被告車の走行していたすぐ右側には中央分離帯の縁石がある)、原告車の右側面と被告車の左前部が衝突し、被告車は中央分離帯に接触した状態で約一二、三メートル走行し、交差点内で停止した。
4 以上の事実の下において、被告が被告車を転把したり急制動したりすれば、本件事故を避けられたと認めるに足る証拠はなく、また被告において稲毛運転の原告車が追抜直後右方へ車線変更し急激な割り込みすることを事前に予測して本件事故の回避措置をとることを期待すべき事実を認めるに足る証拠はない。
したがつて被告に対し、原告の本件事故に基づく損害賠償責任を認めることはできない。
5 原告は、原告車右側を並進していた被告車が進路を左に向けてきたため、本件事故が発生したものであり、その原因は被告が被告車が運転しながらカセツトテープをセツトしようとして過失行為によるものであると主張し、これに沿う証人稲毛文男の証言、原告本人の当裁判所における供述が存するので、以下、この点につき判断すると、本件事故当時、被告車の助手席に同乗しており、本件事故を目撃した証人見田村千秋は、「本件事故直前ころ、被告がカーラジオやカセツトを操作していたことは全くない。稲毛車(原告車)が被告車の前にちようど割り込んで来た時に初めて原告車に気付いた。同証人は原告車が被告車の前に割り込んでくるのを自分の目で見た。被告車が本件事故直前ころ左側に進路変更したことはない。」旨明確に証言し、その内容も他の客観的証拠と矛盾せず(右証言は被告の当裁判所における供述内容とも一致する)、不自然な点もないのに対し、証人稲毛の証言中前記認定に反する部分は不自然かつあいまいな点が多く、また原告本人のこの点に関する供述部分も証人稲毛からの伝聞にすぎないもので根拠に乏しく、結局、証人稲毛の証言及び原告本人の供述中前記認定に反する部分は採用できない。
その他、前記認定を覆すべき事実を認めるに足る証拠はない。
三 反訴請求について
1 被告は、稲毛が原告の業務を執行中に本件事故が発生したのであるから原告は稲毛の使用者として損害賠償責任を負うと主張するので、以下判断する。
2 証人稲毛文男の証言及び原告本人尋問の結果(それぞれ前記の採用できない部分を除く)によれば、次の事実が認められる。
稲毛(スナツク経営者)は昭和五六、七年ころ原告(自動車修理販売業)から自動車を購入したことから知り合い、昭和六二年までに五、六台の自動車を原告から購入したことがある。稲毛は本件事故発生の一、二週間位前に友人である加藤から「いい車があれば教えて欲しい」と言われていたところ、原告から稲毛に対し「インターオートに(コルベツト)スチングレーが入つた」という電話連絡があつた。稲毛が加藤にその旨電話で知らせると、加藤が「ぜひ見たい」と返答した。そこで稲毛は、原告がインターオートから借りていたコルベツトスチングレー(原告車)を原告から借り受け、同車を運転して、名古屋市中区錦の喫茶店で待つている加藤に同車を見せに行く途中、本件事故が発生した。
原告は、稲毛に右日当を払う約束はしなかつたし、加藤が同車を買つた場合に稲毛にお礼をする約束もしていなかつた。原告は、以前に、稲毛の紹介で客に車を売つたことがあり、その際には稲毛の乗つている車に付属品をつける程度のお礼はしたが、紹介に対する対価的価値を有する報酬を渡したことはない。
3 原告と稲毛の間に専属的受益関係を認めるに足る証拠はなく、原告が稲毛に対し、経済的組織的支配力を有したり、原告車の運行についての指示、指揮、制禦、監督権を有していたと認めるに足る証拠はない。
稲毛が本件事故時に原告車を運転するに際し、原告が原告車の運行方法につき過失ある指図や注文をしたと認めるに足る証拠もない。
4 以上によれば、本件事故につき原告に対し、民法七一五条の使用者責任を認めることはできず、その他、原告に対し損害賠償責任を認めるべき事実を認めるに足る証拠はない。
四 以上の次第で、原告の本訴請求及び被告の反訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これらを棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民法訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 神沢昌克)